stories
ある日電車の 同じ車両で会った
とめどなく涙を流していた人
赤信号の 道の向こうで花を
大事そうに抱えて待っていた人
私と関わりのないはずの
遠い生活の一コマなのに
そんな風に 街のどの風景も 切り取ればそれぞれの物語になる
そんな風に 街のどの風景も 痛いほど 悲しみや喜びにあふれている
一人バス待つ 重い荷物の老婆
真っ黒に日焼けした交通整備員
上着を脱いで空仰ぐ営業マン
ギターケース背負って笑う少年
この手で受け止めるには 重く
通りすぎるには よく似すぎている
そんな風に 街のどの風景も 切り取ればそれぞれの物語になる
そんな風に 街のどの風景も 痛いほど 悲しみや喜びにあふれている
春の魔女
雪と氷に閉ざされた町に
優しい魔法が忍び込む
静かな夜に屋根を打つ雨音に
凍り付いた全てが
溶けだす気配満ちる
重く固い根雪も
やわらかな しずくになって
地面の中 音も立てず
小さな種が目を覚ます
縮こまった木々の枝が
花を咲かす準備を急ぎ出す
今年の春の魔女が
町中に降り注ぐ最初の雨は
全てを優しく濡らして
氷の魔術は もう解ける頃
氷のとげが心に刺さった私は
身動きの取れない
長い冬に どこか
安住していたけれど
春の魔女が
この町に来る頃
私も旅立つ 準備を始める
思い出せない
更地に新しい建物が建つ
ほんの数ヶ月前までそこに何があったのか
思い出せない
心をふるわせる
コトバの綾が 確かに横切った
なのにその模様が どうしても思い出せない
胸を焦がして想ってた人とすれ違う
その人に焦がれたのか
自分で作り出した幻想に恋したのか
もうそこにときめきはなくて
愛し方が思い出せない
日曜だというのに早起きして
掃除や洗濯、とくるくる働いた
なのに 最近 まぶたが開かない
やるべきことはある
なのに 昼過ぎまで
起き出すすべが思い出せない
しょっちゅうおどけて はしゃいでいた
でも最近は ひたすら自分を保つ
架空の自画像を 失うのが恐い
自分を捨てる あの瞬間が思い出せない
思い出せない過去は 私のさなぎだったのか
それとも逆らう流れの背後で
ただ深い淵に 落ちて行ったのか
いつだったか 小さな結論に行き着いた 気がするけど
思い出せない
思い出せない
器用貧乏
とりあえず たいていのことは それなりにできる
あれこれと 手を出しては 自分を開拓
もう少し これをやる時間があればなあ・・・
あれも これも 中途半端 そしてパニックになる
いわゆる器用貧乏 いろんなことに興味がある
だけど だけど 何一つ 一流には出来てない
なまじっか 理解力があり それなりにわかる
適当に 頭も使って 頑張ってるほう
その先に 何かある いつも期待して
どれも これも やり切れない そしてパニックになる
いわゆる器用貧乏 不器用であり 器用であり
きっと きっと 探してる 本当の自分らしさを
luna piena
遠くへ来た
ここまで来た
こんなに遠くまで 来たと思ってた
歩きつかれた私は
道ばたに腰を下ろす
ぽっかり浮かんだ満月が
私を見ている
透き通った満月が
私を見ている
うさぎなんかいない
かぐや姫もいない
でも 同じ月
ずっと同じ月が私を見ている
こんなに遠くまで来た
逃げるようにして
休まずここまで来た
「まだこんなところだった」
それが悲しくもあり
どこかあの満月のように
透き通った私の体を
風が吹き抜ける
そんな気がした
会いたくて 会えない人
心がちぎれるほど
寂しくて 恋しかった
もう季節は変わり
傷口はふさがったように見えるけど
奥のどこかで今も 血がにじむような
痛みが消えずにいる
小高い坂の上から あなたの住む町が見える
そして私は
あなたの心のどこかに
今も私の住む場所があると信じようとしてる
私の心にずっと あなたがいるように
会いたくて 会えない人
あなたは変わってしまったと思っていたけれど
きっと変わったのは私の方
あなたに会う前に 戻れない
この血のにじむ痛みのせいで
Far Away
ひとりになるために 遠くに来たけれど
どこに行っても 何も変わらない
しゃべり方 好きなテレビ ひねくれた笑顔
猫背 人目を気にするところも
夜明け前の空気が ぼんやりと染まり始めて
どこからか朝が 漂ってくる
冬の花は 凍るような朝に咲く
たとえ愚かだと 笑われても
中央帯 霜のついた赤い花
花びらのふちは茶色く傷ついて
それでも赤い花
咲いている
カーステレオから流れるモーツァルト
遠い時、遠い場所で朽ちた
その人がいなければ
今日 このメロディはない
どんなに苦しい人生だったとしても
その人がいたか いなかったか
それはとても意味のあること
私がいることも同じなのかな
頭の中でいろいろ考えすぎるのは私の悪いくせ
何も変われないのに
それだけで疲れてしまうのに
だけど なんだかんだと こうして
夜が明けてくのを目の当たりにしたら
それでいいんだと思うの
それがいいんだと思うの