泉
私の中に密やかに
命を生み出す
清廉な泉があった
雑踏の届かない
静かな木立に囲まれて
清らかな水を
湛える
水面に光が躍る
無垢な泉だった
ある日
木立をなぎ倒して
怪物が来た
泥だらけの
薄汚い靴で
不愉快な
悪臭を放つ
暴力的なやり方で
泉を
不浄なものにした
泉の水は泥で濁り
よどんだ悪臭を放つ
水面の光も
消えてしまった
私の中の泉が汚され
私は内側から
崩壊した
濁った臭い水は
私の意思と乖離して
濁った臭い怪物を呼んでしまう
虚しさと痛みだけが
私の全てだ
木々の間を縫って
時々光が届いても
ああ
その光が
この水面で
躍ることはもうない
もしここに
命が生まれても
薄汚い怪物の
ゆりかごになるだけ
たとえあの光が
私の洞を満たしても
この際限のない空虚の
深さを知るだけ
ノイズ
愛しい空
少し淡く深くなった9月の朝の青
綿雲がふわふわと彩る空は
いつか見たヨーロッパの油絵
構図の半面に張り巡らされた
蜘蛛の巣のような電線は
完璧な自然に人間が施した
悪意のない暴力のよう
私はその空を見て
電線も電柱もない完璧な空を想像する
青はただ青く、淡く
雲はただ白く、たなびく
美しいけれど 現実味のないこの街
築き上げた全てがなかったことにされる原始
もう一度空を見る
蜘蛛の糸と同じ
生きるための
電線の向こうの空は美しく
電線が行きつく窓には
今夜も明かりが灯る
蜘蛛の巣のように張り巡らされた
私たちの便利
誰かが張り巡らしてくれた
私たちの暮らし
蜘蛛の巣のある景色は
蜘蛛の巣のない景色より
完全な自然より
愛おしい
着地
ある日 緑の風が吹いて
弟や妹がピンクの花びらを揺らして
行ってらっしゃいって笑った
緑の風はどこまでも
私と走りたがったの
気づいたら風がやんで
私はふんわり着地した
おうちと同じ土のにおい
懐かしいにおい
ここが旅の終わりなのか
わからないけれど
ちょっと疲れたみたい
とりあえずここで 少し休もう

窓辺
あの日 柔らかな風が吹いて
ピンクの花びらがワルツを踊った
小さな命が芽生えた午後の窓辺

彼
一番高い鉄塔にとまり
彼が世界を見渡している
彼は美しい
彼の翼は夜の闇より黒い
彼のくちばしはエボニーより滑らかで
彼の瞳は黒曜石よりつややかだ
でも 彼を見るとみんな嫌な顔をする
誰も彼をほめない
誰も彼を愛さない
彼の声はあんまりきれいじゃなくて
あんまり上手に歌えないからか
光るものが好きで
見つけたらすぐほしがるからか
彼が彼だから
好きになってもらえないのか
彼が生きるために
していることは悪か
彼の存在は
忌むべきものなのか
彼の自慢の
翼 くちばし 瞳
その美しさを
誰も否定しないが
彼は
いつも邪険にされる
一番高い鉄塔にとまり
世界を見渡している彼は
本当は
私なのか
