Stanza della Luna

雑多な詩集

僕の記憶

僕の最初の記憶は
冷たい雨に濡れた段ボールのにおい

寒くて さびしくて お腹がペコペコで
他にどうしようもなくて 
ただ鳴いていたんだ



僕の二番目の記憶は
白い壁と天井とミルク

暖かくも 寒くもない がらんとした部屋で
かわいたタオルに包まれて
ようやくぐっすり眠れた



僕の三番目の記憶は
また段ボールの中

逃げようとする僕を 
知らない人間が
段ボールごと持ち上げて
うなるような音がすると
地面がすごいスピードで動き出して 
こわくて
僕は段ボールのすみっこで 
震えていたんだ



その先は 僕の生活の記憶
にぎやかで なんだかごちゃごちゃした部屋

たくさんの人の手が
僕をなでようとしたり 
抱っこしようとしたり
毎日 食べ物をくれたり
一緒に 遊んだり 
散歩したりするようになった

みんなで 僕をなんて呼ぶか 勝手に決めたよね
僕の意見なんかちっとも聞かないで

でもさ 僕は嬉しかった
名前のなかった僕を 
”タロウ”って呼ぶみんなの声が
すごく優しかったから

朝 目が覚めると 
みんなが起きてくるのが待ちきれなくて
夕方 みんなの足音が聞こえると 
早く会いたくて 嬉しくて
夜中に 悪い人や動物が近づくと 
頭にきて

その度 僕は大声で鳴いたから
しょっちゅう みんなに 怒られたけど
僕はみんなが大好きすぎて
怒られても また同じこと 
繰り返してたっけ



春夏秋冬 
季節も繰り返して
きれいな花や 珍しい虫を見つけては
僕はいつだって 
はしゃいでいたけど
夏と冬はちょっと苦手だったな

だって夏はすごく暑くて 空が急にゴロゴロピカピカする上に
時々 夜空が明るくなって 
ヒュー、ドンドンって とてもこわい音がしたし

冬はお庭が真っ白になって とても楽しかったけど
屋根からドスン、ドスンって 重いかたまりが落ちてきて
こわくてたまらなかったんだ

みんながそんな僕を見て 苦笑いしてたのは
なんとなく知ってたけど
仕方ないでしょ

ずーっとあのまま 
一緒にいられると思ってたけど

一番小さかった僕は
気づいたら みんなの中で 
一番おじいちゃんになってた

少しずつ
前みたいに 走れなくなったし
前みたいに ご飯も食べられなくなった
だけど みんなが 前みたいに優しくて
だから 僕はずっと幸せだった



ある日 
僕は立てなくなって
水も飲めなくなった

遠のく意識の中で
みんなが僕を
”タロウ”って呼ぶ 
優しい声を聞いてたんだ



僕の記憶はここで おしまい




今 僕は空の上にいて
もう一緒にいられなくなってしまったけど
みんなの幸せを願ってる

家族にしてくれてありがとう
たくさん優しさをありがとう

思い出は終わりでも
願いと想いは 続いているんだよ